02.14
音を待つのではなく探す~ブラインドサッカーの深淵なる世界
川村 怜 ブラインドサッカー日本代表
中野 崇 スポーツトレーナー/理学療法士
深淵なる世界である。
11人制のサッカーやフットサルは、観るスポーツとしてもプレーするスポーツとしても、すでに高い認知度を持っている。一方で、「ブラインドサッカー」に触れたことのある方は少数派に属するのではないだろうか。
深淵なる世界である。
11人制のサッカーやフットサルは、観るスポーツとしてもプレーするスポーツとしても、すでに高い認知度を持っている。一方で、「ブラインドサッカー」に触れたことのある方は少数派に属するのではないだろうか。
スポーツに広く興味のある方なら、ホッケー女子日本代表の愛称が『さくらジャパン』だということをご存じかもしれない。
それでは、ホッケーのルールは? フィールドのサイズやポジションの名前は、サッカーに似ている。選手交代は何回でもできる。サークル内からでなければ、得点は認められない──。
このあたりまでは知ることができても、技術や戦術を理解するのは難しい。目にする機会が限られてしまっているからだ。
ああ、なんともったいないことか!
スポーツにおいて「速さ」は「強さ」に等しい。
足が速い――アスリート、そしてスポーツを嗜む者なら誰もが欲する能力だ。
しかし、どれだけの人間が走力の向上に本気で取り組んできただろう。おそらく、その数は少ない。
「足の速さは才能」。そう信じ込まれているからだ。
ビーチフラッグスの日本王者・和田賢一は、そんな常識を真っ向から否定する。
スポーツにおける「距離」は黄金である。
プロ野球の投手板からホームベースが18.44メートルでなかったら、ピッチャーとバッターの心理戦は面白みに欠けてしまうかもしれない。サッカーのペナルティスポットが11メートルでなかったら、GKが有利になるかもしれない。フルマラソンの42.195キロにしても、最後の195メートルが名勝負を生み出してきたといえる。
ソフトボールなら13.11メートルに、ドラマが凝縮されている。投手板からホームベースまでの距離だ。
シドニー五輪で銀メダルを獲得したチームに最年少で選出され、決勝のアメリカ戦にも先発した増淵まり子は、13.11メートルの距離に翻弄されたひとりである。現在は淑徳大学教育学部で教鞭を執りながら、ソフトボール部の監督を務めている彼女が、『ソフトボールにおけるピッチングフォームの身体的メカニズム』を言語化した。
「背骨の、上から15番目を動かしてみてください」
そんなお題を出されたら、大抵の人は面食らうだろう。だが、ピラティスのオーソリティー・辻茜は「それをできるように“学習”するのがピラティス」と言い切る。見えない部分の骨や筋肉を意識し、正しく“コントロール”する――それがピラティスの本質なのだと。
「ヨガの仲間」でもなければ、「ハードな腹筋運動」でもない。
我々がなんとなく抱いていたピラティスのイメージを覆すパワーワードの数々。マスタートレーナ―として後進も育成するスペシャリストの言葉と理論は、驚きと発見に満ちていた。
人呼んで「身体操作のスペシャリスト」である。
スポーツトレーナーと理学療法士の肩書を持つ中野崇は、「最少の時間で最大の成果」をあげることを自らに課す。プロ野球選手やプロサッカー選手をはじめとして、様々な競技のアスリートをサポートしている。18歳にしてサッカー日本代表に名を連ねる久保建英の育成期に関わり、2015年末からブラインドサッカー日本代表のフィジカルコーチも務めている。
西洋発祥のスポーツに西洋の身体観を取り入れ、日本古来の武道や武術の理論を大切にする中野が、「フィジカル」を言語化すると──。
アスリートの言葉には説得力がある。トップクラスのアスリートになると、「なるほど」と頷かされるだけでなく、「そうだったのか」という驚きや発見も誘う。
ラグビー日本代表として1999年と2003年のW杯に出場し、46歳まで現役を続けた伊藤剛臣の言葉には、生々しい迫力がある。
名門の神戸製鋼で一時代を築き、トライアウトを受けて釜石シーウェイブスで現役を続けた男は、自らが愛してやまない競技の本質を分かりやすく、そして真摯に語るのだ。
スポーツを伝える手段として、もっとも分かりやすいのは映像だろう。決定的な瞬間をとらえたひとコマは、圧倒的な迫力を持って真実を浮き彫りにする。最先端の映像技術を駆使すれば、プレーヤーの技術を克明に解析することさえ可能だ。
とはいえ、映像は万能ではない。可視化できないものは、伝えることができない。そして、我々が視覚でとらえることのできないところにも、スポーツの真実は隠されている。
映像がとらえていない、とらえきれないスポーツの核心に、言葉で光を当てる──それこそが、スポーツを言語化する目的である。