REPORT
2020
02.14

音を待つのではなく探す~ブラインドサッカーの深淵なる世界

川村 怜 ブラインドサッカー日本代表

中野 崇 スポーツトレーナー/理学療法士

writer:戸塚 啓

深淵なる世界である。
11人制のサッカーやフットサルは、観るスポーツとしてもプレーするスポーツとしても、すでに高い認知度を持っている。一方で、「ブラインドサッカー」に触れたことのある方は少数派に属するのではないだろうか。

視覚障がいのある選手を対象とした5人制サッカーを「ブラインドサッカー」と呼ぶのだが、メディアで取り上げられる機会は残念ながら限られており、視界に障がいのない方が体験する機会も、なかなか得にくいのが現状となっている。

1チームは4人のフィールドプレーヤーとゴールキーパー(GK)で構成される。GKは晴眼(視覚障がいのない選手)または弱視の選手だが、フィールドプレーヤーは視覚障がいのある選手でなければならない。また、個々の見え方による有利不利をなくすため、フィールドプレーヤーはアイマスク(目隠し)の着用を義務づけられる。視覚を遮断した状態でプレーするのだ。

安全性を担保する工夫も多い。たとえば、ボール保持者に向かっていく守備側の選手は、「ボイ!」と声をかける。スペイン語で「行くぞ!」という意味の言葉を投げかけるのは、不測の衝突を避けるためだ。
多くの人たちは、ここで疑問を覚えるはずだ。

選手たちが様々な種類の情報を得るとしても、視界を遮ったなかで果たしてプレーできるのか?
サッカーのような魅力があるのか?
どちらも答えは「YES」である。
視界による情報を遮断されているとは思えない躍動感に溢れるプレーが、前後半20分のゲームで繰り広げられている。

ブラインドサッカー日本代表でキャプテンを任される川村怜は、18歳からこの競技に打ち込んでいる。
アイマスクをした選手が、目の見えるGKからゴールすることに驚いたんです
自分もピッチに立ってみる。言い知れぬ恐怖に襲われた。
誰かとぶつかっちゃうんじゃないかって、最初はメッチャ怖かったですね

選手が拠りどころとするのは、耳から得る情報だ。
ブラインドサッカーのボールには鉛が仕込まれており、「シャカシャカ」と音が鳴る。また、GK、監督、ガイドから指示を受けることで、選手は自分がどこにいるのかを把握する。サイドライン上に立てられたガイドフェンスに触ることも、位置関係を確認する手助けとなる。
ただ、音を探し過ぎると身体が固くなります」と話すのは、ブラインドサッカー日本代表の中野崇フィジカルコーチだ。
プロ野球選手やJリーガーのパーソナルトレーナーも務める“身体操作のスペシャリスト”は、およそ4年前からブラインドサッカー日本代表のスタッフとしてチームの強化を支援している。

音は待つのではなく探す。それがブラインドサッカーのアクションです」と語る中野は、選手たちに耳栓をしたトレーニングメニューを課す。利き足ならぬ聞き耳をからの情報を、すべて遮断してプレーさせるのだ。
川村は苦笑いだ。
ものすごいストレスです。平衡感覚がいつもと違って、ぼやっとした感じになるんですね
中野はニンマリである。

疲労感というのは筋肉より脳が感じるもので、脳の体力消耗を抑えることが必要です。想定外に対して脳はたくさんの判断をする。
未知の領域へ入ると脳が疲労するわけですが、耳栓をしたトレーニングでは不確実なことがより増えて、たくさんの判断をしていく。それによって、耳栓を外すとボールのコントロールに、身体操作に、余裕が生まれるのです

中野らスタッフとともにスキル(技術)と認知(反応)を高めてきたチームは、「先を読む力」を磨いている。選手たちは「3手先まで読んだプレー」を心掛けているのだ。

東京パラリンピックへの強化を進めているブラインドサッカー日本代表は、3月16日開幕の『Santen IBSAブラインドサッカー ワールドグランプリ 2020 in 品川 (※)』に出場する。出場8チームが2グループに分かれ、日本は世界ランク1位のアルゼンチン、同3位の中国、同20位のドイツとグループリーグで対戦する。同13位の日本にとっては、東京パラリンピックへの重要な試金石だ。
川村の声に力がこもる。

会場では音や声が飛び交います。生でしか味わえない雰囲気がありますので、ぜひたくさんの人に観に来てほしいです。僕自身は障がいを超えた真剣勝負ができるのが、ブラインドサッカーだと思っています
中野も頷いた。
障がい者だからすごいではなく、アスリートとしてすごいレベルにまで到達しつつあります

ワールドグランプリは16日から21日まで開催される。順位決定戦も開催されるので、出場8か国は19日を除く5日間にわたって競技に臨む。
人間の可能性を感じられる競技」(川村)を、ぜひ体感していただきたい。

(文中敬称略)

(※)『Santen IBSAブラインドサッカー ワールドグランプリ 2020 in 品川』は、新型コロナウイルスによる感染症拡大防止に対応するため、開催中止となりました。

2020.02.14

音を待つのではなく探す~ブラインドサッカーの深淵なる世界

川村 怜 ブラインドサッカー日本代表

中野 崇 スポーツトレーナー/理学療法士

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