REPORT
2020
01.14

5グラムでバランスポイントは変わる

小野 真由美 ホッケー 北京・リオデジャネイロ五輪日本代表

writer:戸塚 啓

スポーツに広く興味のある方なら、ホッケー女子日本代表の愛称が『さくらジャパン』だということをご存じかもしれない。
それでは、ホッケーのルールは? フィールドのサイズやポジションの名前は、サッカーに似ている。選手交代は何回でもできる。サークル内からでなければ、得点は認められない──。
このあたりまでは知ることができても、技術や戦術を理解するのは難しい。目にする機会が限られてしまっているからだ。
ああ、なんともったいないことか!
フィールドホッケーとかグラスホッケーとも呼ばれるこの競技は、スピード感に溢れている。プレーヤーは他競技にはないルールに縛られつつも、アスリートとしての高い資質を見せていく。
ひと言で表現するなら、面白い。スリリングで目が離せない。そして、病みつきになる。
さくらジャパンの一員として2008年と16年の五輪に出場し、18年のアジア競技大会で金メダルを獲得した小野真由美が、ホッケーを語る。
これがまた、面白い!
東京五輪の前に、ぜひとも理解を深めておきたい競技だ。

小野真由美の言語化

「スティックの重さが5グラム変わると感覚が変わります」

5グラムとは小さじ一杯である。調理において小さじ「1」と「2」の違いは見落とせないが、ホッケーのスティックで5グラムの違いが影響を及ぼすとは! 国際舞台で戦う小野の感覚は──ホッケー選手には当然だとしても──恐ろしく繊細である。
「スティックのバランスポイントも、重さが5グラム変われば違ってきます。スティックの選び方には、ポジション特性と好みが反映されますね」
一見すると同じように見えるスティックも、曲がりや反りを指すカービング、ヘッドの形状、重さ、長さ、材質などに違いがあり、その組み合わせによって何通りものスティックが成立する。スティックひとつをとっても、ホッケーという競技の奥深さが分かるはずだ。

「危ないがファウルの基準」

ホッケーに馴染みのない人にとって、最初のハードルとなるのがルールだろう。ラグビーほどではないにせよ、「やったことがないと分からない」ものがある。
小野が示すファウルの基準は分かりやすい。
「危ないと思ったものは、ファウルだと考えてもらうと分かりやすいです。サッカーのオフサイドに当たるような反則はないので、待ち伏せもOKです」
相手ゴール前に前残りする“待ち伏せ戦略”は、実際に成り立つのだろうか。そこはぜひとも、スタジアムで、映像で確認をしてもらいたい。

「常に不安と戦っています」

16年のリオ五輪後に、小野は競技の第一線から退いた。当時32歳という年齢を考えれば、「競技生活の最後と決めていた」という決断には納得がいく。
離れて気づくことがある。当たり前のように過ごしてきた時間の愛おしさに、人はしばしば気づかされるものだ。
小野にとってのホッケーもそうだったのだろう。引退から1年後、現役に戻った。18年にはさくらジャパンのメンバーとして、アジア大会で初優勝を成し遂げる。もちろん、東京五輪のメンバー入りも視野に入れる。

「いまはSOMPOケア株式会社の広報部で仕事をしながら、慶応義塾大学女子ホッケー部でコーチをやらせていただいています。社会人チームには所属していませんので、トレーニングは基本的にひとりで。フィジカルだけは落とさないように、ほぼ毎日JISS(※)へ通っています」
フィールド上でのトレーニングは、「都内から一番近い山梨学院大学で、月に2、3回」ほどの頻度にとどまる。中学、高校、大学、社会人で全国優勝(あるいはリーグ戦優勝)を経験し、10代からさくらジャパンで活躍してきたスーパーエリートでも、レベルを維持するには厳しい環境と言わざるを得ない。
「19年は日本代表でしか試合をしていません。活動する場所が少ないですし、疲労からの回復具合も若いころとは違う。つねに不安と戦っています」

東京五輪のホッケーは、1チーム16人で編成される。
「1チーム18人の国際大会もあるのですが、五輪は16人です。いまは40人ぐらいまで絞り込まれています。ホッケーは五輪を挟んで盛り上がりと盛り下がりを繰り返してきたので、五輪で結果を残すのは最低条件だと思っています。多くの人にホッケーの魅力を知ってもらって、やりたいと思ってもらえるように。そのためにも、ホッケーができる場所、教えられる場所が作っていくことも必要だと思っています」
最新の世界ランキングで、さくらジャパンは14位となっている。東京五輪の出場する12か国のなかで、日本のランキングは下から 3番目である。五輪の最高成績は8位だから、表彰台に立つのは簡単ではない。
さくらジャパンは1月19日から2月8日まで、オーストラリア、チリ、アルゼンチンを転戦する海外遠征を行っている。平均年齢25.7歳の22人のメンバーの中には、最年長35歳の小野も含まれている。

(文中敬称略)

(※) 東京都北区にある国立スポーツ科学センターの略称。競技の種目を問わずにトレーニング施設が充実しており、各競技団体の合宿、ケガをした選手のリハビリなどに使用されている。宿泊施設もある。

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