12.14
走り革命理論~足の速さは才能じゃない~
和田 賢一 ビーチフラッグス 全日本選手権3連覇
スポーツにおいて「速さ」は「強さ」に等しい。
足が速い――アスリート、そしてスポーツを嗜む者なら誰もが欲する能力だ。
しかし、どれだけの人間が走力の向上に本気で取り組んできただろう。おそらく、その数は少ない。
「足の速さは才能」。そう信じ込まれているからだ。
ビーチフラッグスの日本王者・和田賢一は、そんな常識を真っ向から否定する。
根拠は、独自に築き上げた「走り革命理論」。走力アップのためにウサイン・ボルトが所属するジャマイカのクラブに留学し、構築したものだ。
「才能」の一言で片づけられていた“俊足”の仕組みを言語化し、誰もが実践できる形に落とし込んだその理論をエネルギッシュに展開しながら、和田は言い切る。
「足の速さは才能じゃない」。
まさに、革命が始まろうとしている。
和田賢一の言語化
「RUN」と「SPRINT」
そもそも「走る」とは。和田は二つの英単語を用いて核心をついてみせた。
「RUN」と「SPRINT」だ。
この二つは似て非なるもの。RUNとは長い距離を持続的に走ること、いわゆるランニングのことを指す。一方のSPRINTは、短い距離を全力疾走する意味合いで使われる。
しかし、日本ではどちらも「走る」と表現される。言語化が曖昧なのだ。そしてこれこそが、走力の向上を阻む大きな要因となっていると和田は説く。
「ほとんどの日本人の走りが『RUN』になっている。長い距離を走り続けるための技術を、最高速度を出すべき場面でも使ってしまっているんです」
「接地時間を短くする」
才能が違うわけではなく、走り方が違うだけ――。会場の人々が、みるみる和田のロジックに引き込まれていく。
では、RUNとSPRINTの具体的な違いは何なのか。和田が大きなポイントの一つとしてあげたのが「接地時間」だ。
接地時間とは、足の一部が地面に着いてから離れるまでの時間のこと。「SPRINTでは、できるだけ、それを短くしたい」。なぜなら、長い接地時間はブレーキとなるからだ。
和田はベルトコンベアーを例にとった。「超高速で回るベルトコンベアーがあったとします。そこに長い時間、足を着いたら…」。確かにブレーキがかかり、体は後方に流されていく。
「一方の足が接地した時、もう一方がすでに追い越しそうな状態を作る」
和田曰く、「一流のスプリンターの接地時間は0.1秒」。
その速さに近づくためには、次の接地の準備を早めることが必須となる。「地面に足を着けてから、急いでもう片方の足を上げようとしたのでは遅すぎる」と和田は言う。
理想は「一方の足が接地した時、もう一方がすでに追い越しそうな状態を作ること」。
物理的にはあり得ない。しかし、異国で徹底的にリサーチしたボルトの走りは、和田の目にはそう映った。「ランニングでは足を着いた時、浮いている方の足は後ろにある。でも、ボルトさんは、そのタイミングでもう後ろ足が上にあるんです」
写真では捉えることができない、間近で見たからこそ感じられたイメージの世界。だが、それが「スプリントテクニック」を言語化するための大きなヒントとなったのだ。
「つま先で走る」
足のどの部分で接地するか――。これも接地時間を短くするためには避けて通れない要素だと和田は語る。
「足が離れる瞬間って、かかとは絶対に浮いているんです。かかとが着いた状態では足は離れない。かかとが浮いて、最後につま先が離れるんです。つまり、かかとから着いた瞬間、ゆうに0.1秒を越えてしまうということです」
だから、SPRINTはつま先で走る。RUNとの違い、そしてその理由がまた明確に言語化された。
「バネの力=伸張反射を使う」
つま先で走るのには、もう一つの理由がある。「伸張反射」が得られるからだ。
伸張反射とは基本的な身体調整機能で、急に、あるいは限界まで伸ばされた筋肉が縮もうとする無意識の力。いわゆる「バネ」だ。
かかとを着けずに接地し、地面を蹴ることで、この伸張反射が起きる。「逆に」と、和田がロジックを展開する。「速い速度では、バネを使わないと足の動きが間に合わないんです」
真下に下ろすだけの前足に比べて、後ろ足は長い距離を移動させる必要がある。しかも、重力に逆らって膝を上げなければならない。
0.1秒の間にこれを行い、「一方の足が接地した時、もう一方がすでに追い越しそうな状態」を作る――。可能にするのが、意識的に行動するよりも速く筋肉を動かすことができる伸張反射の力だ。
「つま先で走って、バネの力を使う」。これがSPRINTの“絶対解”ということになる。
まずは、つま先で地面を蹴り、伸張反射の力を利用することを覚えること。それができたら、足の前後を入れ替えるタイミングを習得していく。和田は会場で、そのためのメソッドも披露してみせた。片足で跳ぶ遊戯・ケンケンのような、誰にでもできるものだ。
もちろん、つま先で走るためには足首を固める筋肉が必要不可欠で、膝を上げるための力も必要となる。和田は、そこからしっかり鍛えるためのメソッドも用意しており、再び「誰にでもできる」と断言した。
「右利きの人が左手で、同じような上手さで文字を書くことって、なかなか難しいですよね。でも、『骨折して左手で書いていたら、うまく書けるようになりました』っていう人いるじゃないですか。つまり、神経が通っていないからできていないだけの動きがたくさんある。SPRINTも、その類いなんです」
この「走り革命理論」は全てのスポーツのあらゆる場面に応用でき、それぞれの競技に最適化したメソッドも開発しているという。
将来的にはこんな夢も。「この理論を伝える学校を作って、合格した人を各チーム、全国に派遣したいんです」
和田の言葉が、革命の号砲に聞こえた。ゴールの先に見えるもの。それは「速さ」を武器に世界を驚かせる日本のアスリートの姿だ。
(文中敬称略)