REPORT
2019
11.14

ソフトボールは“下から”ではなく“下で”投げる

増淵 まり子 ソフトボール シドニー五輪銀メダル

writer:戸塚 啓

スポーツにおける「距離」は黄金である。
プロ野球の投手板からホームベースが18.44メートルでなかったら、ピッチャーとバッターの心理戦は面白みに欠けてしまうかもしれない。サッカーのペナルティスポットが11メートルでなかったら、GKが有利になるかもしれない。フルマラソンの42.195キロにしても、最後の195メートルが名勝負を生み出してきたといえる。

ソフトボールなら13.11メートルに、ドラマが凝縮されている。投手板からホームベースまでの距離だ。
シドニー五輪で銀メダルを獲得したチームに最年少で選出され、決勝のアメリカ戦にも先発した増淵まり子は、13.11メートルの距離に翻弄されたひとりである。現在は淑徳大学教育学部で教鞭を執りながら、ソフトボール部の監督を務めている彼女が、『ソフトボールにおけるピッチングフォームの身体的メカニズム』を言語化した。

増淵まり子の言語化

「90センチの距離が私を殺した」

国際ソフトボール連盟(ISF※)は、2002年に大胆なルール改正へと踏み切った。ホームベースから外野フェンスまでの距離が6.10メートル広くなり、国際大会での使用球が変わった。そして、投手板からホームベースまでの距離が、12.19メートルから13.11メートルに伸びたのである。
「90センチ遠くなったことで、それまで空振りを取れていたものがファウルになる。際どいコースのボールを見逃されてしまう。球速はおよそ10キロ遅くなりました」

最速105キロだった増淵のボールは、90センチの延長によって85キロから95キロまで落ちてしまった。ボールの投げ方がわからなくなり、投げる、打たれる、自信を失う、という負の連鎖に縛られていく。「体格、手の大きさ、パワーが足りなくても、生き残っていく術はないか」と模索していくなかで、増淵は『ソフトボールにおけるピッチングフォームの身体的メカニズム』を構築していったのである。

「ソフトボールは下から投げるのではなく下で投げる」
ソフトボールの投球フォームには、「陥りやすい落とし穴が4つある」と増淵は言う。
一つ目がアンダースローに対する誤った解釈だ。ソフトボールのピッチングは下手投げともいわれるアンダースローだが、オーバースローとの対比で「下から投げる」と思われがちである。野球の影響によるところが大きそうだが、ソフトボールは「下で投げる」のが正しい。
「下から腕を振り上げるのではなく、上から下へ振り下ろして下で投げます。振り下ろすことでねじれが生まれ、球速が高まります」

「腕は回しているのではなく、回っているだけ」

ソフトボールのピッチャーの腕の回転は、風車に似ていることから「ウインドミル投法」と呼ばれる。では、腕を大きく回したほうがより速いボールを投げられるのだろうか。
増淵の答えは「NO」だ。
「腕は下ろす、上げる、下ろす。その動きに下半身の体重移動が加わり、ボールにもっとも力を伝えられる適切なリリースポイント──握力を測るときに手を持っていく位置──に、腕が下りていきます。腕は回しているのではなく回っているだけで、大きく回そうとすると握力を測る位置でのリリースになりません」

「ブラッシングすると球速がアップする」

髪の毛を整えるのではない。ボールを握っている腕と大腿部が当たることを、ソフトボールではブラッシングと言う。
大腿部に腕が当たるということは、腕の振りにブレーキをかけることと同意である。「腕全体の速度は落ちます」と増淵も言う。それでもブラッシングがピッチングフォームに組み込まれているのは、もちろん理由がある。
「ひじに力が加わって回転作用が生まれる。ひじにゆとりを持つとねじれが生まれて、ボールが加速するのです」というのが、ブラッシングのメカニズムだ。

「横向きは作るのではなく自然に作られる」

どのスポーツでも「身体の向き」は大切だ。ソフトボールのピッチャーは「横向き」になるタイミングがあるのだが、これもまた作るものではない。
「横向きは正しい動きのなかで、自然に作られていくものです。無理に横向きになると、握力を測るジャストのところでボールをリリースできません」

ソフトボールのピッチングとは、「陸上の100メートル走のスタートのようなもの」だと増淵は言う。短距離走のランナーとソフトボールのピッチャーを重ね合わせるのは、種目は異なってもスポーツの本質には共通点があるということだろう。
「運動として理にかなった身体の使い方をすることが、競技レベルを押し上げることにつながり、ケガの予防にもなります」

2020年の東京五輪で、女子ソフトボールは追加種目として復活する。金メダルを獲得した08年の北京五輪以来、12年ぶりの開催だ。
金メダルの可能性を、増淵は「75パーセント」と予想する。13.11メートルの距離は、来夏の東京でどんなドラマを生み出すのだろう。

(※) 2012年に国際ソフトボール連盟(ISF)と国際野球連盟(IBAF)は、五輪復帰のための統合団体として世界野球ソフトボール連盟(WBSC)という新組織を設立した。

(文中敬称略)

2019.11.14

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