09.14
身体操作で、身体のサイズは凌駕できる
中野 崇 スポーツトレーナー/理学療法士
人呼んで「身体操作のスペシャリスト」である。
スポーツトレーナーと理学療法士の肩書を持つ中野崇は、「最少の時間で最大の成果」をあげることを自らに課す。プロ野球選手やプロサッカー選手をはじめとして、様々な競技のアスリートをサポートしている。18歳にしてサッカー日本代表に名を連ねる久保建英の育成期に関わり、2015年末からブラインドサッカー日本代表のフィジカルコーチも務めている。
西洋発祥のスポーツに西洋の身体観を取り入れ、日本古来の武道や武術の理論を大切にする中野が、「フィジカル」を言語化すると──。
中野崇の言語化
「フィジカルとは何か?」
日本人選手や日本代表が世界で結果を残せないと、必ずと言っていいほど「フィジカル」が敗因にあげられる。大きさが違う。速さが違う。強さが違う。瞬発力が違う。しなやかさが違う。いくつもの違いが列を作り、日本人アスリートを悩ませる。苦しめる。
ならば、欧米やアフリカのアスリートに勝つには、彼らに負けない肉体を作り上げなければならないのか。
中野の答えは「NO」である。
「フィジカルの差とは、身体操作の差です。身体のサイズは凌駕できる」
中野が提唱するのは「いなし」である。
サッカーのドリブルを例にあげてみる。ボールを運んでいる選手の肩に、相手選手が腕を伸ばしてきた。ここで、へそを正面に置いたまま顔の向きを動かさず、相手が手をかけてきた肩だけをまわすのが「いなし」である。引っ張る力や踏ん張る力の「差」では、勝負しないのだ。
身体の動きに呼吸も連動する。相手に引っ張られた瞬間に吐く。それによって身体が力みから解放され、スピードを落とすことなくプレーを続けられる。
「いなしの動きによって、コンタクトの場面で自分の操作を邪魔されずに継続できます。相手の力に対抗せずに、力を逃がして対処するのです。私はイタリアなどの海外でも指導をしますが、いなしは『INASHI』としてそのまま教えています」
「体力とは何か?」
体力がないと言われる現象は、「息が上がる、筋出力が低下する」状態と定義される。呼吸器系と筋持久力に問題が発生しており、体力をつけるにはそのふたつの「容量を増やす」トレーニングに時間が割かれているのが一般的だ。
それだけではないのだ、と中野は言う。
「体力=容量×省エネ性(燃費)で、体力があるというのは疲れにくいこと、省エネ性に優れていることです」
では、省エネ性の優劣は先天的なものなのか。ここでまた、中野が重要なワードを加える
「体力=容量×省エネ性×回復力で、いかに短時間でいい状態に戻れるか。すなわち、回復できるか。筋肉、呼吸、脳の疲労をいかに早く取り除けるのかです。脳は反応速度と神経伝達速度に関係している。それから眼です。眼が疲れると動体視力が落ちる」
中野はさらに、内臓にも目を向ける。
「内臓は疲れると固くなったり、柔らかくなり過ぎたりする。内臓が疲労すると、食欲がなくなるのはそのためです」
体力のレベルで欧米やアフリカの選手に劣っていても、効率の良い使いかたを身につければ持続力のあるパフォーマンスが手に入る。並行して回復力を磨いていけば、肉体的、精神的な耐性が高まる。厳しいスケジュールでも、力を発揮できるようになる。
「私たちスポーツトレーナーは、他者に努力をさせるのが仕事です。ですから、曖昧さは極力排除して、努力の方向性をどこまで研ぎ澄ませるのかが大事になってきます。身体は変わった、でも結果は出ないでは、アスリートの目標達成のサポートになりません」
そう語る中野は、「言葉に含まれる情報を増やし、多くの人が共有できるようにしたい。そうすれば、トレーニングの質が高まる」と展望する。情報伝達のスピードと情報の精度向上に率先して取り組むことで、彼は日本のスポーツの発展に貢献していく。
(文中敬称略)